十三(青森県)
かつて、十三湊(とさみなと)と呼ばれて栄えた十三(じゅうさん)は、平安時代にはじまり、江戸時代には北前船の寄港地として繁栄したという。
十三の存在を知ったのは、中学生時代に図書館の本で十三湖大橋を写真を見たときだった。木造の古典的で長大な橋が、十三湖の川口をカーブしながら続き、その上をバスが走っていく風景は、ぜひ見たいと思っていた。
1977年に初めて津軽半島を訪れたときはまだ健在だったはずなのに、十三には行きそびれてしまった。返す返すも残念である。新しい橋の開通は1979年。古い橋の貴重な映像は、ここで見られる。
当時、十三が属していた市浦(しうら)村は、その後、五所川原市に編入され、中泊町をへだてて五所川原市の飛び地となっている。
1983年8月撮影
Juusan, Goshogawara City, Aomori Prefecture
キャプションの数字は撮影地点の緯度、経度、撮影方向(真北が0°で時計回り)

十三湖が海に出る湖口の南側に広がる十三湊。その集落のなかほどにあったのが弘南バスの十三車庫だった。現在は十三郵便局がある。
41.03129,140.327
45°
1983/08

上の写真の地点近くから南側を眺めたところ。低層の妻入りの家屋が並んでいる。
41.031384, 140.327167
210°
1983/08

十三湊の北側、十三湖大橋はこの先500mほどのところにある。
41.032159, 140.327899
30°
1983/08
弘南バス十三車庫停留所近く。現在の十三郵便局の向かい側。現在、このあたりは公園になっている。
41.031242, 140.326993
90°
1983/08

十三湖大橋の上から見た港口付近の砂州。
41.038958,140.32635
200°
1983/08

当時はまだ、この砂州の周辺で船の姿を見ることができた。
41.037804, 140.327156
180°
1983/08

十三湖の北側に広がる相内(あいうち)の集落。正面の看板には、「オンジよ マヂでケッパてらな ワはコゴでケッパてらど」「農家の努力限度がある 結束して外圧をはね返せ!」とある。コメの自由化問題が世の中を騒がせていたころである。
41.052269, 140.356639
300°
1983/08
2020年1月公開
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