その他(岩手県)
宮古を初めて訪れたのは、国鉄宮古線(宮古~田老)が第三セクター化されて三陸鉄道となる1年前である。盛岡からはるばる山田線に乗ってやってきた宮古は、失礼ながら辺境の地かと思っていたら、賑わいのある都市だった。町は陸路だけでなく、海路でも栄えることを知った経験である。
そして、花輪線と東北本線の乗り換えのついでに下車した好摩と、北上山地を国鉄バスで横断したときに途中休憩した葛巻である。
1983年8月、1993年8月撮影
Miyaklo City / Koma, Morioka City / Kuzumaki Town, Iwate Prefecture
キャプションの数字は撮影地点の緯度、経度、撮影方向(真北が0°で時計回り)

国鉄宮古駅前。東日本大震災によって宮古市内は津波で甚大な被害を受けたが、宮古駅は大きな被害を免れたそうだ。2025年現在も、この風景に大きな変化はない。
39.640988,141.946739
180°
1983/08

宮古市の中心部を横断する中央通りの商店街を、宮古駅から10分ほど歩いた地点。海は正面奥にあり、閉伊川を通って津波が押し寄せた。現在ではここまで歩くと沿道に空き地が増えて、がらんとした雰囲気になってしまった。
39.641936,141.951902
60°
1983/08

国鉄東北本線(現・いわて銀河鉄道)から花輪線が分岐する好摩西口の駅前にあった、伝統的なたたずまいの「高田屋旅館」。向かい(写真の手前側)には「高田屋食堂」もあった。少なくとも2015年まではあったようだが、その後取り壊された。右奥に写っているのが好摩駅。
39.874170, 141.173026
60°
1993/08

盛岡市と久慈市のほぼ中間の山間に位置する葛巻町。その中心にある葛巻バス停。盛岡と久慈を結ぶJRバスが停車して、乗客は短時間の休憩をとっている。
40.040361, 141.442349
135°
1993/08
2025年5月公開
Copyright © Takashi FUTAMURA