川越(埼玉県)
川越の古い町並みが広く知られるようになったのは、1980年代の町並みブームだったように記憶している。国鉄による1970年代のディスカバージャパンで、萩や津和野が有名になり、旅雑誌で小京都特集が組まれるようになる。それを受けて、小江戸というワードが一般化して、川越があちこちで取り上げられるようになった。
私が初めて川越の中心部に行ったのは1988年のことで、休日になるとすでに観光客が訪れるようになっていた。だが、蔵造りの商家が建ち並ぶ中心部にもまだ電柱や立っていた時代である。よく見ると、建物は同じでも店の様子が現在と違っていたりするのがおもしろい。
1979年5月、1988年5月撮影
Kawagoe City, Saitama Prefecture
キャプションの数字は撮影地点の緯度、経度、撮影方向(真北が0°で時計回り)
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橋上駅舎化される前の川越駅東口。正面が東武線の改札口になる。通りかかっているのは東武バス。現在の駅前の姿からは想像もつかない。
35.907720, 139.483343
210°
1979/05(★2018/02)

川越駅から中心部に向かう途中にある連雀町商店街。
35.918274, 139.483488
0°
1988/05

連雀町商店街。上の写真の反対側。南方向(川越駅方向)を見る。
35.921282, 139.482760
0°
1988/05

左端の建物は昔ながらの商家正面に、看板づくりの正面が取り付けられている。現在はその正面が取り外されて昔の建物が復活し、仲町観光案内所になっている。
35.921113, 139.483320
60°
1988/05

仲町交差点に建つ重厚な蔵造りの建物。現在は野球用品店「マツザキスポーツ」として営業している。ここから北側に、ずらりと蔵造りの建物が並ぶ。
35.921103, 139.482780
315°
1988/05

仲町交差点の北西側。蔵造りだけでなく、近代建築もまた興味深い。手前は骨董屋(現在はカフェ)、その向こうは「保刈歯科醫院」
32.936755, 132.477793
0°
1988/05

仲町交差点の北東側建つ菓子屋の「龜屋」
35.921215, 139.482662
45°
1988/05

手前は「くらづくり本舗一番街店」、奥の「埼玉銀行」の建物は、1918(大正7)年に「第八十五銀行」として建てられたもので国の登録有形文化財に指定された。現在は。「埼玉りそな銀行」の出張所として営業中。
35.922381, 139.482743
45°
1988/05

蔵造りの建物が連続する川越観光の中心部。その後、電柱が地中化され、中央の「陶舖やまわ」の看板が外されて、風格ある町並みが再現されている。
35.923015, 139.482898
330°
1988/05(★2019/06)

「陶舖やまわ」の隣にある「宮岡刃物店(まちかん)」。包丁や鋏が専門だが、当時は鍋などの金物一般も売っていたようで、店頭に人が集まっている。
35.923271, 139.482925
270°
1988/05

かねつき通りの入口に建つ「近江屋長兵衛商店」。現在は豆腐専門店だが、当時の店頭には果物が並んでいた。
35.923420, 139.483072
240°
1988/05

かねつき通りのシンボル「時の鐘」。当時は、地元の人向けの商店が並んでいたことがわかる。
35.923423, 139.484126
270°
1988/05

蔵造りの町並みから150mほど東、大手町にあったお宅。屋根が大きく、軒下が広い。すでに取り壊されている。
35.922193, 139.484754
225°
1988/05

中上の写真家ら200mほど南にあった「川越楽器」。ビクターのワンちゃんも看板も懐かしい。その後、営業をやめて看板が取り外され、2013年ごろに建物も取り壊された。
35.919970, 139.485321
225°
1988/05
2022年2月公開
Copyright © Takashi FUTAMURA