答志島(三重県)
答志島は、鳥羽市の沖に浮かぶ島で、柿本人麻呂が歌に詠んだ場所でもある。小さな出版社の依頼で教材作成の仕事をしていたときに、社員旅行に誘われて訪ねたのがこの島である。
鳥羽港からは15分ほど。おもに島の東側に集中している集落は、狭い道にぎっしりと家が密集していたのが印象的だった。
1991年5月撮影
Toshijima Island, Mie Prefecture
キャプションの数字は撮影地点の緯度、経度、撮影方向(真北が0°で時計回り)

島の中心地である答志港付近には、ホテル、食堂、商店が建っていた。今も雰囲気は変わっていないようだ。港はこの写真の左側。
34.530571, 136.902285
135°
1991/05

上の写真の右への道を入ったところ。看板は「旅館 川松屋」。
34.530495, 136.902324
210°
1991/05

いかにも漁師町といった狭い道が続く。右手の建物のガラスには「男湯」、正月飾りの向こう側のガラスには「女湯」と書かれているので、答志島温泉の共同浴場か。
撮影場所不明
240°
1991/05

島の南東にある和具の集落。この細道を直進すると「大間の浜」になる。看板の「にっこう」というのは旅館の名前。
34.522825, 136.900556
75°
1991/05

和具集落の裏道。自動車が通れないのでグーグルストリートビューがないため、この前後は撮影場所が不明である。
撮影場所不明
1991/05

右手の円筒形の物体は、煉瓦造りの共同井戸。奥では、ご婦人が家の外にある水道で水仕事をしている。
34.521788, 136.900651(?)
120°
1991/05

和具港はこの左すぐのところ。右の看板には、観光客のために名所旧跡、宿の名前などが記されている。
34.521742, 136.900428
330°
1991/05
2019年3月公開
Copyright (c) Takashi FUTAMURA