
吉原大門の近くに建つ「土手の伊勢屋」(右)は、1889(明治22)年創業。その左は1905(明治38)年創業の馬肉料理の「桜なべ 中江」。どちらも現在の建物は関東大震災後に再建されたもので、第二次大戦の空襲を奇跡的に免れた。
35.724871, 139.796940
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1990/12(2026/08)
「土手の伊勢屋」の前で順番を待つ人びと。軒上に掲げられた「天麩羅」の切り抜きの横書き文字が、昔は左から右だったのが、現在は右から左へと変わっている。
ちなみに、「土手の伊勢屋」「桜なべ 中江」とも、建物が国登録有形文化財に指定されている。
35.724980, 139.797068
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1990/12(2026/08)
「吉原大門」交差点の北東側。左右の道が土手通りで、右奥の「日の出商店街」の道を進むと、山谷方面に向かう。見返り柳のあたりから撮ったもので、吉原は、写真左手前にあたる。
左の木造商家の軒先には、「加藤風呂店」と書かれている。 35.724462, 139.797192
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1990/11(2026/08)
上の写真から右(南東)に50mほどの地点。木造商家の扉には、「キング製靴」と書かれている。
35.724161, 139.797527
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1990/11(2026/08)
吉原大門の交差点から、吉原ヘ向かって50mほど歩いたところ。奥の建物(仲之町会館)の手前あたりに大門があったという。その手前には「松葉屋」の塀が見える。1956(昭和31)年の売春防止法施行以降は、花魁ショーなどで人気を集めていたが、今ではマンションになっている。
現在の住所は台東区千束。
35.724279,139.796476
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1990/11(2026/08)
山谷~南千住
1960年代の山谷のドヤ街には労務者があふれていた。浅草で小学生時代を過ごした私には、山谷に住んでいた同級生もいて、おっかなびっくり訪ねたことがあった。
この写真を撮った1970年代にも、昼間から空き地でたき火をしている人たちがいる状況で、撮った写真はこの1枚だけ。現在の住所は台東区清川。
35.727867,139.800829
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1977/01(2026/08)
山谷から通称コツ通りを北上すると、泪橋交差点を抜けて南千住駅にたどりつく。その手前の踏切は、隅田川貨物駅(写真の右手)に出入りする貨物列車や荷物列車の通過や入換が多く、ずいぶん待たされることがあった。その後、踏切は廃止されて跨線橋になった。
35.731779, 139.798336
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1978/06(2026/08)
2026年8月公開
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