東京都区内での位置

◆◆ 著 書 ◆◆
定点写真でめぐる東京と日本の町並み
『定点写真でめぐる
東京と日本の町並み
』
(青春出版社)
1,550円+税
2019年10月発売!

ローカル鉄道と路線バスでめぐる 果てしなきイタリア旅
ローカル鉄道と路線バスでめぐる
果てしなきイタリア旅

(草思社)
2200円+税
2025年発売

ようこそシベリア鉄道へ'
ようこそシベリア鉄道へ
(天夢人)
2,100円+税
2022年発売


Minowa-Nihonzutsumi


南千住仲通り

「南千住仲通り」を南千住駅方面に向かって歩き、日光街道の方向を振り返ったところ。左には銅板張りの棟割長屋の商家が見える。長屋の一番向こうの店は酒屋。
35.730382, 139.793456
270
 1986/10(2026/08)



南千住仲通り

上の写真から左に120°ほど向いたあたり。個性的な住宅が並んでいた。
35.730406,139.793276
120
 1986/10(2026/08)



南千住仲通り

上の写真の左端にちらりと見える服飾店「マルトミ商事」。遠目にはお惣菜屋にしか見えないが、「注文服承ります」との看板がある。
35.730397,139.793649
195
 1986/10(2026/08)



南千住仲通り

「南千住仲通り」を西へ向かっていくと、昭和の終わりごろには昔ながらの多くの商店があったことがわかる。
左の米屋「稲屋」はストレートなネーミング。右には文具店の「静屋」が見える。
35.730365,139.794067
105
 1986/10(2026/08)



南千住仲通り

上の写真の右側に見えた「静屋」の店先。前掛けをしたおばさんが通りかかった。
ここから先は、道の両側が荒川区南千住になる。
35.730408,139.794263
150
 1986/10(2026/08)



土手通り~吉原


三ノ輪二丁目交差点

「南千住仲通り」から外れて南下すると、「土手通り」に突き当たる。江戸時代に築かれた堤防「日本堤」は関東大震災語に崩されてその跡を走るのが土手通り。土手の北側を「山谷堀」が流れていた。
35.727669, 139.794734
180
 1992/09(2026/08)



廿世紀浴場

洋風のデザインが珍しい銭湯「廿世紀浴場」は、1929(昭和4)年の建築。周囲の住宅にくらべても異彩を放っていた。
土手通りから東へ50mほど入った裏通りに面しており、当時の標準レンズでは、これが精一杯下がって撮ったもの。
2007年末に廃業。その後、解体された。
35.726084, 139.797073
60
 1990/11(2026/08)



日本堤の裏通り

吉原大門の交差点から150mほど北側の土手通り沿いに、現在は「あしたのジョー」像が建っているが、その脇道を撮ったもの。
35.725391,139.796851
135
  1990/11(2026/08)






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