東京都区内での位置

◆◆ 著 書 ◆◆
定点写真でめぐる東京と日本の町並み
定点写真でめぐる
東京と日本の町並み

(青春出版社)
1,550円+税
2019年発売

ローカル鉄道と路線バスでめぐる 果てしなきイタリア旅
ローカル鉄道と路線バスでめぐる
果てしなきイタリア旅

(草思社)
2200円+税
2025年発売

ようこそシベリア鉄道へ'
ようこそシベリア鉄道へ
(天夢人)
2,100円+税
2022年発売

Minowa-Nihonzutsumi

 私が子どものころの三ノ輪というと、山谷や吉原に近いことから、よくも悪くもどこかおどろおどろしいイメージがある町だった。だが、地下鉄日比谷線や都電が通り、日光街道と明治通りが交差することで、交通の便のよさが広く認識されるようになり、今ではマンションが林立してすっかり雰囲気が変わった。
 江戸時代、その三ノ輪に向けて、隅田川から山谷堀に沿って築かれた堤防が日本堤だ。日本堤の北側を流れる山谷堀は、猪牙舟に乗って吉原に向かう人びとで賑わったという。そんな山谷堀も今は暗渠となり、日本堤は取り壊されて町名として残るだけである。そして、ドヤ街で知られた山谷は、いつしか安宿の町として外国人旅行者の間で人気の町となった。キャプションの数字は撮影地点の緯度、経度、撮影方向(真北が0°で時計回り)


*写真にポインタを置くかタップすると、同じ場所の2026年の写真が見られます。

三ノ輪橋


都電三ノ輪終点

都電27系統の三ノ輪橋電停(終点)。当時は、このように乗り場が2つあった。
この月、下町の都電がすべて廃止され、残るはこの27系統と32系統のみとなった。
現在の住所は荒川区南千住。
35.732030, 139.792077
285
 1972/11(2026/08)


都電三ノ輪終点

上の写真とは反対方向から、三ノ輪橋電停を見たところ。まだ高層建築がほとんどなかった。この2年後、27系統(三ノ輪橋~王子駅前)と32系統(荒川車庫~早稲田」が一本化されて「荒川線」となった。
35.732492, 139.791054
135
 1972/11(2026/08)



ジョイフル三の輪商店街

都電の三ノ輪橋電停近くにある「ジョイフル三の輪商店街」。店舗は変わっているけれど、商店街の雰囲気は40年経ってもあまり変わっていない。
35.732206, 139.791975
0
 1986/10(2026/08)



南千住仲通り


南千住仲通り

三ノ輪橋電停から日光街道をへだてた東側、住所は台東区三ノ輪になる。
大関横丁の交差点北側から南千住駅南側の通称コツ通りまで、500m弱の商店街が「南千住仲通り」。これはその西端で、写真の奥を日光街道が左右に走る。
35.730417,139.792407
270
 1986/03(2026/08)



南千住仲通り

上の写真の 左側。写真の左右を走るのが「南千住仲通り」。現在の写真では、右側の道の向こうに東京スカイツリーが見える。
35.730428,139.792262
150
 1986/03(2026/08)



浄閑寺

日光街道から「南千住仲通り」に入ってすぐのところにある「浄閑寺」。江戸時代、亡くなった遊女が投げ込まれるように葬られたことから、投込寺の異名がある。
かつては木がうっそうと繁っていたが、本堂が建て直されるとともに境内もすっきりした。
35.730365,139.792702
330
 1992/09(2026/08)



南千住仲通り

「南千住仲通り」は店舗や飲食店が建ち並ぶ活気ある商店街だった。住所は、道の右側が台東区三ノ輪で、左側が荒川区南千住。現在、店舗はかなり減ってしまったが、写真左に看板が見えるそば屋「愛知屋」は、建て直されて健在。
35.730334,139.793279
90
 1986/10(2026/08)






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