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町歩きを旨とする下町の人間ならば、さぞ月島や佃島に何度も足を運んのだろうと思われるかもしれないが、恥ずかしながら1990年代になるまで、ほとんど行ったことがなかった。理由はよくわからないが、たぶん自分が住んでいるのと似たような場所だろうということで、後回しになってしまったのだろう。 *写真にポインタを置くかタップすると、同じ場所の2015年の写真が見られます。 |
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勝鬨橋の東側(月島側)から、勝鬨橋を望む。当時はまだ、たまに勝鬨橋が開いていたということをあとになって知った。現在の住所は「勝どき」だが、ここも本来は月島のうち。 1970.11(2015.3) |
都電23番の終点、月島停留場。当時の都電を代表する6000形の原型を保つ6205号車。 1970.11(2015.3) |
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上の写真から運河を渡り、晴海に向かったところ。美濃部カラーの都バスが晴海の国際展示場に向かう。 1970.11(2015.3) |
月島交差点(現・勝どき駅前)の北東に位置する初見橋交差点(月島駅前)に向かう途中、月島橋から北西側を眺めたところ。 1970.11(2015.3) |
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初見橋交差点(地下鉄月島駅前)の南西側。清澄通りの両側には、昔ながらの商家が軒を並べていた。 1992.9(2015.3) |
銅板葺きの商家が並ぶ。奥の大きな建物は1973年に建て直された月島サマリア病院(現・中央サマリア病院)。 1992.9(2015.3) |
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