内子(愛媛県)
高度成長の揺り戻しなのか反省なのか、1980年前後になって日本の古い町並みを振り返る旅雑誌の特集や本を見かけるようになった。いわば第1次町並みブームである。内子は、そうした本や特集で必ず取り上げられた町の一つだった。木蝋と和紙で財をなした八日市護国地区の旧家の素晴らしさは言うまでもなく、本町通りの商店街も味わい深いものだった。
とはいえ、大都市から距離があることから、観光客がひっきりなしに訪れるわけでもなく、のんびりとした町歩きを楽しむことができた。その後、芝居小屋だった「内子座」がよく取り上げられるようになったが、当時はまだ商工会館として使われていた。電柱、電線は地中化されておらず、古い町並みが普段の生活に溶け込んでいるという印象だった。
1980年8月撮影
Uchiko Town, Ehime Prefecture
キャプションの数字は撮影地点の緯度、経度、撮影方向(真北が0°で時計回り)
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内子町の中心である中町から、歴史的な建造物が建ち並ぶ八日市護国地区を結ぶ坂町近く。文字通り坂になっている。中央奥が中町。
33.554620, 132.653406
165°
1980/080(★2019/08)

上の写真の撮影場所近くの坂町から、坂上の八日市護国地区方向を見たところ。
33.554783, 132.653329
0°
1980/08(★2022/05)

上の写真の突き当たり。ここから先が、町並み保存地区である八日市護国地区になる。
33.554954, 132.653263
30°
1980/08

上の写真の左側にある家。この家の前で道が鍵方に曲がっているのは、江戸時代の枡形の名残か。
33.555025, 132.653361
315°
1980/08

八日市護国地区の中心部に立つ大村家(手前の家)と本芳我家(中央の土蔵と奥の本屋)。どちらも重要文化財である。1980年当時はまだ電柱と電線があった。
33.555681, 132.653356
345°
1980/08(★2022/05)
上の写真からやや前進。本芳我家の土蔵と本屋。なまこ壁と格子窓のバランスが豪快な土蔵だ。
33.555767, 132.653354
0°
1980/08

本芳我家を反対側から見たところ。中央が本屋で右端が庭園になっている。
33.556131, 132.653364
195°
1980/08(★2022/05)

本芳我家が本家で、この上芳我家(同じく重要文化財)が分家にあたるそうだ。現在は、内部が木蝋資料館になっている。
33.557101, 132.653558
30°
1980/08(★2022/05)

本芳我家(右)の前の道。道の反対側にも、立派な家が並んでいる。
33.555951, 132.653316
180°
1980/08(★2019/08)

八日市護国地区からさらに北上。このあたりまでくると、現在は家の外観は昔のままで民宿、土産物屋、工房、食事処などが並んでいる。
33.556790, 132.653449
15°
1980/08

トップの写真から坂を下りたあたり。右手の建物は、現在は「町家資料館」とてなっている。
33.553759, 132.653710
180°
1980/08(★2022/05)

坂町と並行する脇道。左奥に見えるのが旧・活動写真館の屋根から出ている塔。なぜか活動写真館そのものの写真を取り損なった。右手には井戸のポンプが見える。現在、活動写真館の建物は保存されているが、この井戸は姿を消した。
33.554681, 132.654244
75°
1980/08(★2022/05)

かつての町の繁栄をうかがわせる芝居小屋「内子座」の建物。このときは「商工会館」として使われていたようだ。その後、町並み保存事業にともない、昔の芝居小屋を再現するべく整備された。
33.551351, 132.650344
270°
1980/08(★2022/05)

国鉄のローカル線内子線の終点だった内子駅。その後、松山に抜ける予讃本線の新ルートが1986年に開通して内子駅は移転。この旧駅は廃止となった。現在の駅よりも直線距離で400mほど町の中心部寄りの「内子自治センター」近くにあった。
33.552689, 132.649201
300°
1980/08(★2022/05)
2021年4月公開
2022年6月新写真一部追加
Copyright © Takashi FUTAMURA