神岡線、富山港線、城端線、小浜線 (1978年8月)
大学2年生の夏休み、北陸をじっくり回ってみようと思い立った。まずは富山県から。立山砂防軌道を訪れたのもこのときである。
富山駅から高山本線を南下して、猪谷で神岡線に乗り換えて終点の神岡まで乗った。神岡線は開通が1966年と比較的最近だったので、駅舎やホームも新しかった。左の機関車はDD13。
鉱山で栄えた神岡は、町並みも見応えがあった。神岡線の貨物輸送も盛んだった時期である。この写真は、神岡口駅で撮ったもの。
神岡線は、1984年に第三セクターの神岡鉄道に引き継がれたが、2006年に全線廃止となった。
現在はライトレールに姿を変えた富山港線。当時は、旧型国電車両が1時間に1本程度(しかも運転間隔が不規則)走るだけだった。貨物輸送も行っていて、終点の岩瀬浜駅では、写真のように貨車が停まっていた。
この車両は、東京の京浜東北線と同じく青く塗られた73系920番台。正面のスタイルは、その後101系に受け継がれた73系最後期の車両だ。夏の昼間の逆光なのでカラーポジでは正面が真っ黒に。なので、モノクロでも同じ構図で撮影。
高岡から南へ城端まで向かう城端線。朝早く高岡発の客車列車に乗ったところ、折り返しの高岡行きは通勤通学客が乗り込んできた。とはいっても、どこかのんびりした雰囲気が好ましい。
客車は手入れが行き届いていて黒光りしている。右(小画面では下)は途中駅の駅名標を撮っただけだが、林と戸出というどちらも個性的な同期生がいて、駅が隣り合っているのがおかしかった。
左の写真は、北陸本線の水橋駅。宿泊したユースホステルから歩いて行ったと記憶している。停車中の客車列車は13時間かけてロングランする長岡発普通米原行き。いい雰囲気の写真が撮れたと思う。私は、反対方面の福井発直江津行きの客車列車に乗車した。
そして、真夜中の糸魚川駅で、今度は急行「きたぐに」に乗って福井方面に向かった。
福井県では京福電鉄や福井鉄道に乗って写真を撮ったのち、小浜線に乗って小浜にあったユースホステルに宿泊。
翌朝、小浜からは敦賀発福知山行きの客車列車に乗った。当時はそんな列車があったのだ。左の写真はその沿線のどこかと思うが、よくわからない。右の写真は若狭高浜駅で、背後の青葉山の姿が特徴的。
東舞鶴駅で長時間停車。当時は、どこに行っても側線に旧型客車が山ほど停車していたものだった。ここから舞鶴線を経由して、山陰本線の福知山に向かう。
福知山で山陰本線の米子発京都行き820列車に乗り換えて京都に向かった。すでに新線に切り替えが決まっていた保津峡付近をゆく。現在、嵯峨野観光鉄道に引き継がれている区間だ。
2026年10月公開
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