清水港線、東海道本線 EH10 (1978年5月)
当時は、まだまだ日本各地にローカル線が数多く走っていた。1日2、3往復の路線も多かったが、1日1往復というのは、確かここただ1路線だっと思う。
北海道でもなく、山の中でもなく、静岡県の清水から三保に至る8.3kmの清水港線である。廃止される前に乗っておかなくてはと思い、ようやく日帰りで訪ねることができた。上の写真は、1日1本の列車が停車中の三保駅。
1日1往復しか走らないから、沿線には人が住んでいないのかと思いきや、清水市(現在は静岡市の一部)の市街地であって、工場だけでなく住宅も立て込んでいる。地元の人は、自家用車でなければ、20分に1本ほど走っている路線バスを利用していたのだ。
というわけで、清水駅からバスで三保まで行ってみると、午後の列車の発車を前に、DD13(227号機)が混合列車に連結する貨車の入換作業をしていた。上の写真は、三保駅の先に伸びる貨物専用線。三保駅は、写真の手前側になる。
駅のすぐ奥には踏切があって、学校帰りの小学生も踏切が開くのを待っていた。右(小画面では下)の写真は三保駅の全景。駅の周辺は広場……というよりがらんとした空き地になっていた。
駅舎の手前に腕木式信号機が保存されているのが見える。
牽引するのは、さきほど入換をしていたDD13。前方に貨車、そのあとに旧型客車を4両ほど連結した混合列車だ。三保駅を発車した時点ではがらがらだったが、途中の折戸駅でたくさんの高校生が乗ってきて車内は満員に近くなった。
右の写真はその折戸駅に到着する直前の車窓なのだが、前方に座っているやつが腕を出し続けていたのでこんな写真になってしまった。
折戸駅を発車したあとも、列車はのろのろと港湾地帯を走り続けた。左の写真の右側が清水港にあたる。とくに印象に残る車窓というのもなく、20分あまりで清水駅に着いた。
清水駅では、東海道本線のホームから離れたところにぽつんとあるホームに到着。乗客は線路を渡って東海道本線のホームに上がる。あまりに学生の人波が激しく、乗ってきた列車を撮る余裕がなかったのは残念。
清水港線は、このあとも6年間走り続け、1984年に廃止された。
清水駅のホームを歩いていると、向こうのほうからEH10(7号機)が牽引する貨物列車がやってきた。2車体の大型電機で、東海道本線と山陽本線でしか見ることができない人気の機関車だった。黒地に黄色の帯という車体色もユニークだった。
右の写真は、静岡鉄道狐ヶ崎駅付近で静岡鉄道の電車を撮っていたときに、並行する東海道本線をやってきたEH10(24号機)。
2026年10月公開
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