京浜急行 大師線 (1978年2月)
大師線で活躍するデハ230形がまもなく引退するというニュースを鉄道雑誌で見て、足を運んでみた。それまでも訪れたことがあったが、川崎駅で写真を1枚撮っただけだった。
左は京浜川崎駅。京急川崎駅に改称される前のことである。右は小島新田に到着間近の様子。
まずは、小島新田まで全線を乗って、ぶらぶら歩きながら撮影することにした。田舎のローカル線と違って、頻繁にやってくるので気ままに写真を撮れるのがいい。
左は、小島新田を発車してすぐの地点。右は、小島新田駅で発車時間間際に駆け込む人たち。
話には聞いていたが、小島新田の手間では三線軌条になっていた。標準軌の京急は軌間が1435mmだが、その内側に狭軌の1067mmのレールがあった。味の素の工場専用線だ。
小島新田駅の直前で狭軌の線路は分岐していた。右の写真は分岐点から100mmほどのところで、今では線路跡に住宅が建っている。このあたりから北を向いて撮ったもの。
小島新田駅から産業道路駅(現・大師橋駅)に向かって歩いていくと、230形と400形のすれ違いシーンを見ることができた。
400形は230形のあとに大師線の主力となるのだが、それも短い期間だったようだ。
左は、産業道路の長い踏切を通過する230形。手前側に遮断器がないのがおもしろい。のちに撮った写真を見ると、手前側にも遮断器が設置されていた。いずれにしても、その後の地下化によって、この名物踏切も姿を消した。
右は、産業道路から東門前に向かう230形。
左は、産業道路~東門前で撮ったもの。遠くに産業道路駅のホームが見えている。
右は東門前に到着する川崎行き。
京浜川崎に到着後、名残を惜しみつつさまざまなアングルから写真を撮ってみた。なんといっても窓ガラスが大きいのが特徴だ。
やはり、京急は窓が大きいのがいい。こうやってよぐ見ると、窓枠はすべて縦長だったことがわかる。
2025年12月公開
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