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キハ800形の丸みを帯びたモダンな車体は、当時の関東鉄道スタイルの完成された姿といえる(ような気がする)。 1973.6 |
旧国鉄から来た正面6枚窓のキハ07を改造した正面2枚窓のキハ704。 1973.6 |
取手行きが到着してにぎわう水海道駅。先頭はキクハ11(元キハ511)。 1973.6 |
ずずいと時代は下って、1980年代の下妻駅の跨線橋から下館方面を見る。旧国鉄のキハ17系(キハ16)に新しい車体を載せたキハ314。 1982.9 |
下妻付近を走るキハ755。 1982.9 |
下館駅に到着した列車。先頭はキハ613。 手前の線路と架線(交流)はJR水戸線のもの。 1976.4 |
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常磐線に乗って江戸川を渡ると千葉県に入る。千代田線が乗り入れる以前は、沿線の人口もいまほどでなく、車窓を眺めているとちょっとした旅の気分になったものだった。 なかでも、松戸、馬橋、取手、佐貫、土浦、石岡……と、ホームの片隅に停まっている見たこともない色の車両には、好奇心をそそられたものであった。 取手までは近距離の通勤電車が走っていたために、気分的に行きやすいこともあり、東京東部の葛飾区に住んでいた私は、小学校6年生ころから中学生にかけて、しばしば電車に乗ってふらふらと出かけたものだった。 利根川を渡った先にある取手駅は、もう茨城県である。ずいぶん遠くにきたんだなと、親に黙って家を出てきた私はドキドキした覚えがある。 さて、その取手から出ている関東鉄道の常総線である。単線の線路が常磐線としばし並行していくのだが、まもなく左にカーブして切り通しの向こうに消えていくのが印象的であった。 「あの向こうにはどんな駅があるんだろう。どんな町があって、どんな人が乗っているんだろう」 その風景を見た瞬間、すぐにそんな思いが頭に浮かんだのである。 だから、初めて常総線に乗ったときのことはよく覚えている。取手の先の切り通しや、稲戸井、小絹といった小さな駅のようすを食い入るように見つめていた。いまでも、そんな情景が目に焼きついているほどだ。恥ずかしいくらいに純粋だったものである。 年を経て、いまはどこに行くのでも、前もってガイドブックやインターネットで下調べをしていくのが常である。確かにそのほうが効率はよくて失敗は少ないのだが、あのときのような、全身の血管がふつふつと音を立てるような感動は、めったになくなってしまった。 2000年になり、久しぶりに取手駅におりてみると、常総線のホームはビルの1階となり、新型のディーゼルカーが停まっていた。線路も水海道まで複線化され、あの切り通しも姿を変えてしまっていた。沿線には家が立ち並び、途中の駅もすっかりきれいになっている。駅の数が倍ほどに増えているのにも驚いた。 水海道駅で蒸気機関車の廃車体を見てから、すでに30年もたってしまっていたのだから、当然といえば当然のことだろう。 |
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---- 参考資料 ---- ■「私鉄車両めぐり特輯 第III輯」(鉄道図書刊行会) ■「鉄道ピクトリアル No.620 関東地方のローカル私鉄」(鉄道図書刊行会) ■「レイル No.19 私鉄紀行 からっ風にタイホーンが聴える(上)」(湯口徹 著,プレスアイゼンバーン) ---- 関連サイト ---- ●「関東鉄道」 関東鉄道株式会社の公式ホームページ。常総線の現在の姿を見ることができます。 |
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