ヴェルチェッリを訪れたのは、ミラノに1週間ほど滞在していたときのことであった。午後から少し時間ができたので、近隣の町を訪ねてみようと考えたのだが、東側の町はそれまでにいくつも訪れている。そこで、トリノとの間にあるこの町に目をつけた。
だから、予備知識もなく駅に降り立ったわけだが、駅舎から一歩踏み出して驚いた。
目の前には、いくつもの塔をもつ堂々とした教会がそびえ立っているではないか。しかも、そのファサードはくすんだ美しい緑色。トップの写真で人の姿とくらべるとその巨大さがわかるだろう。左隅に小さくヴェルチェッリ駅が見えている。
ヴェルチェッリのシンボルといえるこのサンタンドレア教会は、13世紀はじめにわずか9年で建てられたという。ファサードに使われている緑色は、近郊のヴェラッロ産の大理石だそうだ。
その両側にそびえたつ鐘楼もまた見事。緑色と赤とベージュのコーディネーションは、その独特なデザインとともに強烈な印象を与えてくれる。
教会に入ってみると、さすがに内陣はだだっ広いのだが、これといった特徴は感じられずに「こんなものか」と思って、危うくそのまま外に出るところであった。
たまたま、教会の側面で半開きになっている扉があったので、向こうに何があるのかと思って軽い気持ちで扉を押してみた。
そこで目に飛び込んでいた光景に驚いた。それが、2段目右と3段目の写真のサンタンドレア修道院である。そう、修道院がメインであって、そのなかに教会があるという位置づけなのだった。
中庭を囲んで回廊がめぐらしてあるのはよくある構成だが、その回廊の上に4階建てほどの建物が乗っている。それぞれの階の窓もおしゃれ! しかも、奥にもまた立派な塔がそびえていた。駅前広場から見えていた塔である。
あまりにも豪快で壮麗な建物に、驚くほかはなかった。いきなりこの修道院・教会を見てしまうと、あとは何が出てきても驚かないのだが、それでも町には味わい深い建築物や広場をあちこちで見ることができた。
ルネサンス時代、ヴェルチェッリはピエモンテにおける文化の中心地の一つだったということで、町を歩いているとルネサンス様式をはじめとして、ロマネスク、ゴシック建築など、幅広い時代の遺産が点在している。
旧市街に入って狭い道をぶらぶら道なりに歩いていくと、10分もしないうちにさっと視界が開けて美しいマッジョーレ広場が現れた。ヴェルチェッリの中心といえる広場で、イタリア統一の功労者の一人であるカヴールの像が立っていることから、カヴール広場とも呼ばれている。
周囲にはポルティコ(アーケード)をともなった風格ある建造物が建ち並び、その向こうにはトッレ・ディ・サンタンジェロ(聖天使塔)が立っている。地面には、放射状の図案が描かれて実際以上に広く見せている。この広場は派手さこそないものの、イタリア有数の広場の一つに数えてもいいように思う。
ところで、このヴェルチェッリの周辺は、イタリアで初めて稲の栽培がはじまった地域として知られている。現在でも、広々とした田んぼを列車の窓から見ることができる。
そんな情景を車内からぼんやりと見ているうちに、大昔にテレビで見たイタリア映画『苦い米』をふと思い出した。主演女優は若き日のシルヴァーナ・マンガノ(よくマンガーノと表記されるがそれは誤り。アクセントは先頭の「マ」にある) 。田植え時期で人手が必要なときに、南部から出稼ぎにやってきた数多くの男女の一人という設定だった。
その肉感的な様子は、日本の早乙女からはまったくかけ離れた存在で驚いた。でも、今では米の収穫も機械化されて、映画に描かれたようなドラマもないことだろう。