トップページ
イタリア町めぐり

マリーナグランデと城砦 2004年10月 地図


 日本で発行されているイタリアのガイドブックを見ると、ナポリからシチリアまでの間のティレニア海側(西海岸)は、ほとんど空白地帯になっている。しかし、この爪先にあたるカラブリア(カラーブリア)州には、ほかの州に劣らない素敵な町が点在しているのだ。
  もっとも、観光施設や英語表記が整っていないために、外国人観光客にとってはかなり敷居が高い地域といっていいかもしれない。
 そんななかで、比較的イタリア初級者にも行きやすいのが、ここシッラ(Scilla)である。大都会レッジョ・カラブリアから幹線を走る列車に乗れば、わずか30分弱。アスプロモンテの山とティレニア海にはさまれた狭い土地にへばりついているかのようなシッラの町にたどり着く。

 高速道路はシッラの町を避けて、はるか山側を走っている。鉄道も、町の南側でようやく外に顔を出すだけ。だから、わざわざここで降りない限り、この町の素晴らしさに触れることはできないのだ。

キアナレーア地区の小さな港。翌朝、ここで太刀魚の水揚げを見た。

2004.10

キアナレーア地区の小さな港


 この町は、城砦の岬を境に2つの地区に分かれている。砂浜の広がるマリーナ・グランデ(Marina Grande)地区と、漁港があるキアナレーア(Chianalea)地区だ。
  シッラの駅があるのはマリーナ・グランデ地区。駅を降りて海岸に向かうと、夏の季節ならば海水浴客で賑わう様子が目に入るだろう。
  だが、ここで「なんだ、ここは海水浴客向けの観光地か」と思って、アイスクリームを食べただけで引き返してしまっては、一生悔いが残る--実は私も危うくそうなるところだった……。

 シッラに行ったら、どんなに疲れていても、マリーナ・グランデ地区から急な階段をひいこら登るか、岬を回り込む危ない車道を通るかして、キアナレーア地区に行かなくてはいけない。そうすれば、山の上から断崖にへばりつくように家が建ち並び、そのまま海に沈み込んでいくかのような、不思議な町並みが目に入ってくるだろう。
  そこは、まるでヴェネツィアと山岳都市が共存しているような町である。海沿いの家は、漁船が家に直接乗り付けられるようになっている。以前は、カジキマグロ漁の基地としても賑わっていたそうだ。


キアナレーア地区の町

キアナレーア漁港の桟橋は、日がなおしゃべりをする人たちがいたり、釣りをする人たちがいたりして、実にのんびりした雰囲気であった。

2005.11



 伝説によれば、シッラのもとになった町はトロイア人の亡命者が建てたとのこと。ホメーロスの叙事詩『オデュッセイア』に登場する6つの頭を持つ怪物スキュラ(Scylla)は、このシッラの岬の崖に住んでいたとされる。現在のシッラという地名も、この怪物の名前と関連があるのだろう。
  主人公オデュッセウス(イタリア語名:ウリッセ、英語名:ユリシーズ)は、この付近を漂流中に怪物スキュラに襲われ、命からがら逃げおおせたものの、部下のうち6人が怪物に食べられてしまう。
「なるほど、怪物の頭が6つだから、大勢で同時に逃げれば6人を越えた人数分は助かるわけか」と私は変に納得した。

  ちなみにこの町は、18世紀なかばに両シチリア王国の支配下に入るまで、ヴァンダル人による破壊、イスラムの軍勢による破壊、さらにはノルマン人、スペイン人、オーストリア人の支配を受けてきたのだそうだ。だが、現在はそんな激動の歴史を感じさせないほど、のんびりとした平和な町である。

海岸から高台に登る階段
▲マリーナ・グランデの海岸から高台に登る階段。
  2004.10
▼港の細い道といえば、もうネコの天国だ。
  2004.10
港近くをゆくネコ

 さて、時は下って2005年の晩秋、私が妻とこの町に1泊して朝の散歩をしているときのこと、日本に行ったことがあるという60代後半とおぼしき地元の男性に出会った。
  彼が、車に戻って持ってきたのは、モノクロの小さなプリント。そこには、若き日のハンサムな彼と、1950~60年代に流行した髪形と服装をした日本女性が写っていた。
「この女にはカネがかかったよ」とうれしそうに話す彼。よく見ると、どこかのバーで写したものらしい。彼の同僚と一緒に写った写真もあった。

  聞くと、船の仕事だかで日本に半年ほど滞在していたのだそうだ。
「最初にこの娘に会ったときにね、『あんたはアメリカ人か』って尋ねられたんだよ。イタリア人だと答えたら、『私はアメリカ人は嫌いだけど、イタリア人ならばいい』って言うんだ。それが印象的だったなあ……。いまでも日本人はアメリカ人が嫌いなのかい?」
「うーん、いまはそんなことを言う人はいないなあ。当時は戦争が終ったばかりだったから……」と答える私。
  日本人がめったに来ないこの町で、彼は私たちの姿を見て、青春時代を思い出していたのだろう。それにしても、あの写真は何十年も常に持ち歩いているのか……。


展望台からの夕景 ▲シッラの夕景。オデュッセウスは、いまは城砦のあるこの崖の近くで、6つの頭を持つ怪物「スキュラ」に襲われたのだという。
  2004.10

▼カジキと格闘する漁師の像。展望台近くにあった。
  2005.11漁師の像


●所在地
カラブリア州レッジョ・ディ・カラブリア県
●公共交通での行き方
・レッジョ・ディ・カラブリア中央駅からパオラ、サレルノ方面行き列車で所要30分弱。
●見どころ
・マリーナ・グランデの砂浜と丘の上にそびえたつ城砦。
・キアナレーアの海岸にへばりついて建つ家々。
・展望台から見える海岸線と、シチリアやエオリア諸島の姿。

●老婆心ながら
目の前の漁港で水揚げされる海の幸は最高。イタリアのどの町で食べたものよりも新鮮だった。
展望台からの夕景 マリーナ・グランデとメッシーナ海峡の夕景。この時間、展望台は町中の年寄りで賑わう。写真奥はシチリア島。
  2004.10
2006年5月作成

■トップページ | 「イタリア町めぐり」目次に戻る■