移動中の車窓でその姿を見て、ひと目で気に入ってしまった町というのがいくつかある。そんな町の一つが、モリーゼ州のペスケだ。
それは、2012年にモリーゼ州の州都カンポバッソから州第2の都市イゼルニアに向かうバスに乗っていたときのこと。まもなく終点のイゼルニアに到着しようというときに現れた町の威容に目を奪われた。
山の頂上にある山岳都市はイタリアでよく見かけるのだが、このペスケは上の写真のように、かなりの高度差をもって山の中腹に広がっているのである。イタリアのガイドブックにもほとんど記述がないので、ますます興味が湧いてきた。
すぐにでも訪問したかったが、帰国の日が迫っていた。かなり少なくなった後ろ髪をひかれる思いでモリーゼ州をあとにしたのである。
再訪がかなったのは、それから4年後、2016年のことである。宿泊したイゼルニアのB&Bは、都心からかなり北東側、つまりペスケ寄りの町外れ近くにあった。
地図で見ると、ペスケまでは4キロほど。これなら歩いて行けると確信した。イゼルニアに到着した前日は土砂降りの雨で、ペスケの前を通りかかったとたときは町が霞んで見えないほどだったが、幸いなことに当日は一転して晴れ。ハイキング気分(といっても舗装道路)でペスケに向かったのである。
イゼルニアとペスケを結ぶ国道は交通量も多く、歩道もほとんどないので歩くことは難しいが、それに沿ってくねくねと走る旧道には、たまにジョギングをする人がいるくらいで、のどかな雰囲気である。
そして、中間地点あたりにあるイゼルニア大学を過ぎると、いよいよペスケの町が見えてきた。その姿はまさに神々しいというほかない。遠くから見て期待して訪れたところ、近くまで来てがっかりすることはあるのだが、この町はまさに期待通り、いや期待以上だった。
2枚目の写真でもわかるように、町の入口の手前にはごく普通の家並みがあるのだが、すでにこのあたりでかなりの勾配である。だが、目の前に広がる旧市街は、まるで障壁のように立ちふさがっている。
「あそこまで、どうやって登ればいいんだ!」
そう思ったが、歩いていくしかない。
よく考えれば、家々がなければ立派な山登りである。まだまだ暑い9月の南イタリアで、ひいはあいいながら、急坂を登ったのであった。
町に入って5分ほど歩くと、1軒のバールがあったので、そこで喉をうるおしつつ、しばし休憩と歓談。客の一人の若者が、私たちの泊まっているB&Bの息子と同級生だと聞いて大盛り上がり。イゼルニアに行くバスが2時間後にあることを確認して、本格的な旧市街に入って行った。3枚目の写真である。
ほかの町の場合、古いままの家は一部に残っていても、大半が外観をきれいに塗り直したり、カラフルにしたりしていることが多いのだが、ここペスケはまったく昔の雰囲気のまま(たぶん)。
外壁は風化するに任せているが、かといって放置されている家は少ないようで、最小限の手入れがきちんとされているのがいい。狭い車道が中腹まで通ってはいるが、それ以外は、人がようやくすれ違えるような、ときにはすれ違えないような、狭い狭い路地や階段が、迷路のように走っている。
もう、そんな路地や階段を行ったり来たりするだけで幸福であった。
町の頂上付近には城砦の跡があり、そこから少し下りたところには、上の写真のような5本の十字架が立つ小さな広場があった。
その広場は、まさにネコの楽園! 上の写真のように寝ているネコあり、突然の来訪者をじっと見つめるネコあり。全部で5、6匹いるネコと、しばし戯れた昼のひとときであった。
大満足して山を下り、さきほどのバールに戻ると、親父軍団が来訪して昼からビールを飲んでいた。下の写真である。壁に描かれた町の外観と、地元サッカーチームのシンボルマークを撮るふりをして、親父軍団の素敵な雰囲気をカメラに収めたのであった。
「どうだい、この町は」と一人が聞くので、「素晴らしい! 美しい町ですね」と答えると、別の一人が「いやいや、ひどい(brutta)町だ」と言う。
「とっても特徴ある(caratteristica)町じゃないですか」と知っている限りの語彙を総動員してほめると、「うーん、それは違いないなあ」と笑っていた。
こうして、1時発のイゼルニア行きバスまで、私もしばらくビールを飲んでくつろいだのである。