ナルニの存在を知ったのは、1980年代にローマからアッシジに向かう車窓からだった。オルテから支線に入り、しばらくすると深い谷間を列車が走っていく。ふと窓の外を見ると、何十メートルもの崖上にぽつりぽつりと建造物が見えた。しかも、田舎の小さな農家というのではなく、古いながらも何階建てもの建物だったのだ。
まだまだ丘上都市や山岳都市に目覚める以前のこと。こんなところに町があるのかと驚いたものだった。いったいどんな町なのか、ひどく好奇心を刺激されたが、なかなか現地まで行く機会がなかった。
▲旧市街の入口にそびえるテルナーナ門(テルニの門)この狭い入口を自家用車やバスが通過していく。
2024/09
それが、ナルニという町であることはすぐに調べがついた。しかし、ローマから列車で1時間ほどという中途半端な距離だったことで、「いつでも行ける」という気持ちになってしまい、なかなか足が向かなかったのである。
1996年には、帰国の直前にナルニ駅で下車したこともあったが、駅から見た丘上の旧市街を見て、「これは一筋繩ではいかない町だ。2、3時間滞在しただけでは見極めることはできそうにない」と直感した。そもそも、当時はほとんど町の情報を得る術もなく、列車とバスの接続も悪かったので、結局駅の近くから遠景の写真を撮るだけに終わってしまった。
▲これがナルニ中心部。長さ300mほどのプリオーリ広場の片隅には中世の井戸(手前)がある。右中央の大きな建物が市庁舎。
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そして、最初の”出合い”から40年あまり、ようやくナルニの町に足を踏み入れることができた。町の詳しい情報はネットにも少なかったが、地図を見るだけでも崖上の魅力的な町だろうということは、行く前から確信していた。
唯一不安だったのは、日中は駅前からのバスが、中心部に近いガリバルディ広場まで行かないことだった。町外れの坂下にある駐車場から発着するらしいので、重いスーツケースを転がして、坂道や階段を登っていくことを危惧していた。
▼メインストリートから脇道に入ると、こんな階段路地があちこちにある。 2024/09
▲メインストリートから離れるとこんな道ばかり。道に描かれた模様がおしゃれ。 2024/09
だが、案ずるより生むがやすしで、駐車場の端には斜行エレベーターが設置されていた。これともう1つのエレベーターを乗り継ぐことで、旧市街に出ることができたのだ。あとは、300mほどのメインストリートを歩くだけでよい。
もっとも、脇道を入った宿にたどりつくには、やはり階段と急坂を下る必要があったが……。
▲町の横は切り立った崖。鉄道の線路はこの崖下の川沿いを走っている。40年前に見た建物の一つは、これだったかもしれない。
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この町の起源は極めて古く、遠く古代ローマ以前にさかのぼるという。ナルニのラテン語名はナルニアであり、ファンタジー『ナルニア国ものがたり』のヒントになったともいわれている。私は読んでいないのでよくわからないが、物語を読んで町にやってくるファンもいるそうだ。
もっとも、旧市街は崖上のせいぜい500×150mほどの小さな町である。人口は新市街を合わせても2万人弱。観光スポットを丁寧にめぐっても、3時間あればすべてまわれるといってよいだろう。日中はそこそこ観光客が来るけれど、宿泊する人はほんのわずか。そんな町の旧市街に、私と妻は3泊もしたのであった。
▲サン・フランチェスコ教会では柱にもフレスコ画が描かれていた。
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ナルニに3泊もしたのは、ここをベースキャンプとして、スポレート、フォリーニョ、モンテファルコなど、周囲のウンブリアの町をめぐるためだった。とはいえ、この町の滞在自体も楽しみにしていた。
宿泊中は、のんびり朝寝をして昼前に丘下の駅に向かい、日の暮れたころに戻るという繰り返しだった。小さな旧市街だから、毎日行く店も決まってしまう。300mほどのメインストリートをうろうろしつつ、毎朝、毎夕、同じバールに行き、毎晩同じレストランで食事をした。
▲新市街のガリバルディ広場。正面がナルニ大聖堂。右手に見える門をくぐると小さな旧市街になる。
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0時までやっているメインストリート沿いの人気店は、けっして高級ではないが、おいしくてリーズナブル。店の人がみな愛想がいいのが楽しかった。店内に流れた1980年ころのイタリア・ポップスを口ずさんだら、店員と意気投合、一気に仲良くなった。
真夜中近くに行ったビアバーでは、なんとほとんどがベルギービール。店主とこれまた意気投合した。
ナルニに3泊もする東洋人はほかにいないから、当然目立つし顔も覚えられる。最後のほうでは、テラスでコーヒーを飲んでいると、通行人からあいさつされるようになった。
▲上の写真のガリバルディ広場を、旧市街側から見たところ。2024/09
ナルニ滞在最終日は、城壁に囲まれた旧市街を出て新市街へ。新市街といっても、十分過ぎるほど古い。狭くて急な坂道を、町の頂上にある城砦までくねくね登っていった。そこから撮ったのが、このページのトップの写真だ。











