エミリア・ロマーニャ州は、ボー川の南側にあって平原が広がるというイメージだが、州の南半分はアペニン山脈の北の端に属する山がちの地域となっている。そんな山地の麓にある町の一つが、ピアチェンツァから南へ約30kmほどのところに位置するカステッラルクアート(Castell'Arquato)だ。
カタカナで書くとややこしい地名に聞こえるが、Catello(城)と地名のアルクアートが一語になったもので、「アルクアート城」という意味である。
現地に行くには、ピアチェンツァのバスターミナルから日中は約1時間おきに路線バスが出ているということで、ピアチェンツァの町歩きのついでに気楽に行けるなと安心しきったのが大間違いであった。
地図でバスターミナルは探しあてたのだが、どうも様子がおかしい。たまに市内バスはやってくるのだが、いくら待っても郊外へ行くバスが来ない。
思いあまって市内バスの運転手に尋ねると、どうやらバスターミナルが移転したらしいのだ。そのバスの終着がターミナルだというので、言われるがままに乗り込み、ターミナルではわざわざ乗り場まで案内してくれた。
その後も、乗り換えるべきカルパネートの町で、停留所を間違えたりビールを飲んでいい気持ちになったりで、この町に着いたのは予定より2時間半も遅くなってしまった。
ところで、ピアチェンツァからカルパネートを経て、このカステッラルクアートに至る道は、かつて鉄道(Tramviaというから、軽鉄道だったのだろう)が走っていたらしく、カステッラルクアートのバス停は「Castell'Arquato Stazione」と称している。途中のカルパネートもそうだった。とはいえ、戦前に廃止された路線なので、跡をたどるのは難しい。
それでも、バス停近くに「1930年創業 La Stazione」という立派な建物に入ったバールがあるので、そのあたりが駅だったのだろうと見当がつく。
旧市街は丘の上にあり、バス停からは坂道を登る。7~8分ほど歩くと、上の写真にあるサント・ステファノ教会横の門が見えてくる。ここを過ぎると、まさに中世の町といった風情の狭いくねくね道が続く。
そして、さらに5分ほど歩くと、町の中心部であるムニチピオ広場に出る。さして広くない広場の中心に立つと、まるでおとぎ話に出てきそうな魅力的な建物に取り囲まれているのに気づく。カステッラルクアートに「芸術の町」というニックネームが付いているのも、うなずける。
旧市街とは国道をはさんでアルダ川が流れており、ピアチェンツァ県の東部に位置するこのあたりはヴァルダルダ(Val d'Arda/アルダ谷)と呼ばれている。この地域には、カステッラルクアート以外にも歴史的に興味深い町がいくつもあるようで、まためぐってみたくなる。
この町は、14世紀半ばまでピアチェンツァの支配下にあり、その後、ヴィスコンティ家の支配下となって要塞化が進んだという。ロッカ・ヴィスコンティ(ヴィスコンティ城砦)の内部は博物館になっており、眺めもいいので必見だ。
幅が3mほどしかないメインストリートを歩いていると、近くの建物の中からコツッコツッという音が聞こえてきた。開いたドアから中を見ると、上左の写真のように、木を削っている人がいるではないか。がらんとしているが、あちこちに絵画や彫刻が雑然と置かれていて、どうやらアトリエのようである。
突然の闖入者に対して、隅から隅まで丁寧に案内してくれると、「今、ミラノのマルペンサ空港で世界の芸術家の展覧会をやっているんだ。この日本人の作品はいいよ」と言って、チラシの白黒コピー見せてくれる。そこには、AYUMI SHIBATAという名前があった。帰ってきて調べてみると、どうやらこの人のようである。確かに息をのむほど素晴らしい作品だ。
小さな田舎町での、ひとときの楽しく不思議な出会いだった。